「賃金奴隷」の崩壊

さきに私は人口ピラミッドを示して、少子高齢化が社会保障負担の増大にそのまま繋がらないとした。では何が変わったのか。

かって終身雇用の時代には、労働者の子女の養育は企業が面倒をみていた。家族手当はその一例。公はそれから外れる高齢者や母子家庭などを看ればよい。そういう分担ができていた。

なぜそういう分担ができたかというと、企業にとってその利益の源泉である労働者が、将来に渡っても存続してもらわないと困る。労働者の子女は将来の金の卵で、それを養うことは企業にとっても必要だったから。対して働けなくなった高齢者は企業には必要ない。これは公に任されたのだった。

そういうわけで少子高齢化は高齢者の生活を保護する公の負担を必然的に大きくする。だが公が面倒みなければならない階層は高齢者に止まらない。

小泉政権以来、非正規雇用の比重が大きくなる。彼らは企業にとって使い捨ての人材となる。終身雇用を賃金奴隷と例えるられるかもしれないが、非正規雇用に至るとすでに奴隷とは言えない。単に市場で買うことの出きる生産器材でしかない。奴隷ならばそれが長生きし子供も生んで殖えてくれると、奴隷主にとって嬉しいではないか。できれば病気などもしないよう大切に使うだろう。しかし器材ならば、古くなったり故障すれば買い換えたほうが経済的かもしれぬ。

高度経済成長から停滞期に入る。終身雇用制は崩れ、労働力の流動化が目指されると、失業者は増え、職にありついても家族を養うには充分でない収入。企業が労働者階級の存続さえ責任を負わなくなった現在、公が面倒を見なければならないのは高齢者と子供たち、加えて増大する失業者と、広範に広がったのは必然の結果だった。


Posted on 28 Jan 2013, 15:43 - カテゴリ: 経済
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