神家児童遊園
近くに「神家児童遊園」がある。住宅地に囲まれた本当に小さな公園だが、神の家とはえらく大層な名前ではないか。
敷地内に石碑があり「泉北郡百舌鳥村大字赤畑」とある。この地名は大正から昭和初期にかけてのもの。もう一つのヒントがある。この町の壮年会が「赤畑町神家会」と称している。地元民の証言によればこの地域は神家(しんけ)と呼ばれていた時期があった。
ネットや図書館で調べても、同じ発音の「新家」はあるが「神家」という地名は出てこない。百舌鳥八幡宮の名誉宮司さんにお伺いする機会があってその謎が解けた。
明治元年の神仏判然令によって、住民も神事を扱う神家と、寺のことを扱う寺家に分けられた。神宮寺はすぐに廃されたので、神家だけが残った。明治宗教改革の一幕だが、神家という呼び方は戦後もしばらくは続いていたという。
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