死せるイエスに嘆き悲しむマリアたち。 たぶんイエスを膝に卒倒しているのは聖母マリア、 右端赤い衣がマグダラのマリア。 左端あるいは中央後方がクロパの妻マリア。
Annibale Carracci,
Lamentation of Christ (1606)
National Gallery, London
今日でも西洋人の間で Maria あるいは Mary の名は多いが、 新約聖書の時代のユダヤ世界でマリアという名前は非常に一般的であった。 イエスの言行を記した4つある福音書の中に マリアという名前の女性は何人も登場する(マリアは何人?)。 いちばん有名なのは聖母マリアであるが、 それに劣らず登場回数が多いのが「マグダラのマリア」である。
マグダラのマリアは福音書の中で イエスの磔刑の場に立ち会い(マタイ27:55-56, マルコ15:40, ルカ23:49, ヨハネ19:25)、 イエスの埋葬に立ち会い(マタイ27:61, マルコ15:47, ルカ23:55)、 埋葬されたイエスの墓を参り、 復活したイエスに最初に出会う一人となる(マタイ28:1-10, マルコ16:1-11, ルカ24:1-11, ヨハネ20-1-18) という重要な役割を演じている。 (福音書中の登場場面の一覧表)
以上、福音書で見るマグダラのマリアは、イエスの死と復活に深く関わる女性であることが分かる。 彼女は七つの悪霊を追い出していただいた (マルコ16:9, ルカ8:2) と紹介されている。 加えて福音書に登場する他のマリアや、名を記されていない女性と混同もしくは同一視され、 さらには聖書の外の説話も加わって「罪の女=イエスに助けられ悔悛する女=マグダラのマリア」のイメージが形作られる。 その経緯は岡田温司の著書に詳しい。 イエスの死と復活に立ち会う他には 次の5つのエピソードが「マグダラのマリア」像のキーとなる。
- ある村のマリアは、姉妹のマルタが立ち働く間もイエスの話に聴き入っていた(ルカ10:38-42)
- ベタニアの無名の女性がイエスの頭に香油を注いだ (マタイ26:6-13,マルコ14:3-9)。 あるいは無名の罪深い女性がイエスの足を涙で濡らし、自らの髪で拭い、足に接吻して香油を塗った (ルカ7:36-50)。 あるいはベタニアのマリアがイエスの足に香油を注ぎ、イエスの足を自らの髪で拭った (ヨハネ12:1-8)。
- 無名の女性が姦通の現場で捕えられるが、イエスに罪を許される(ヨハネ8:3-11)
- 娼婦であったエジプトのマリアが悔悛しキリスト者として隠修の生活を送るという説話
- 上記から派生したか、マグダラのマリアは晩年の隠修生活で髪を伸びるに任せ衣服も構わず髪で身を覆っていたという説話
上記の2にあるベタニアのマリア、ルカによる福音書に登場する「罪深い女」を マグダラのマリアと同一人物としたのはローマ教皇グレゴリウス1世で、591年のことである。 カトリック教会では1969年になってこれを一部見直ししている(参考:「罪の女」)。