「原子力は夢のエネルギー」 |
「原子力は夢のエネルギー」
そう、そしてそれは悪夢だった……。
古い話になる。いまを去ること20年前、1990年ごろだった。
私は米国の電力会社の研究員と話す機会があった。
「日本で原子力はどうなの?発電に占める原子力の比率は?」
正しくは当時30%に満たなかったのだが、私はうろ覚えで40%と答えた。
そのころ電気事業連合会の「原子力は20才」というキャンペーンがあって、40%というのは電事連が希望する将来目標を覚えていたのかもしれない
(1983年総合エネルギー調査会需給部会が報告した2000年における見通し数字など)。
「え〜、日本はまだそんなに?米国では原発をもう建設していないのに。」と驚かれた。
こんどは私のほうが驚いた。米国はいまも日本の倍近い100基を超える原発を有する、世界最大の原子力国だ。 その米国では 1979年のスリーマイル島原発事故以来、1基の原発も建設されていない。 尋ねてみるとその理由はこうだ。
廃炉コストについて説明を加えておく。原発というのは建設時はキレイだが、いちど運転すると炉内はおろか、周辺設備、建物に至るまで放射能を帯びてしまう。 運転により生成された放射性物質が付いているものもあるし、運転中に発生した中性子線によって、たとえばコンクリート中の成分の一部も放射性物質に転換する。 そうすると廃却するにもダイナマイトで一気に、などというわけにはいかない。 解体、除染、選別のあと、放射性廃棄物はどこかに保管しておくしかない。 米国や諸外国ではいくつかの経験があるが、日本で商業炉の廃炉を完了させた例はまだない。なので、じっさいのところどれだけ掛かるかよく分からない。
この廃炉費用について、国は各電力会社に1基あたり約200億円を引当てさせているが (「原子力発電所の廃止措置費用評価」高度情報科学技術研究機構) (「原子力発電施設解体引当金に関する省令」1989年-2010年)、 電力会社の試算はその倍程度を見込んでいる (朝日新聞 2007年2月8日)。
1998年、日本原子力発電(株)東海発電所が営業運転を終了、2001年12月から廃止措置に着手している。完了予定は2018年。 (電気事業連合会「原子力発電所の廃止措置」) (日本原子力発電株式会社・東海発電所) 。また、中部電力浜岡1、2号機の廃止措置は2009年11月に始まった。2036年ごろ完了予定 (中部電力「浜岡原子力発電所1、2号機の廃止措置計画について」) (「中部電力、廃炉で赤字に 特別損失1550億計上」2ch。ソースは読売新聞)。
米国では石油など競合するエネルギーコストが低いこともあるだろう。それにしても日本では原子力がいちばん安いとされているのはなぜだろうか。 高校時代の同級生に田中博士(実名:現東京大学大学院工学系研究科教授)がいた。原子力の専門家として当時から原子力行政にも関わっていた彼に私はその疑問をぶつけてみた。
私「電気を作るのに原子力がいちばん安いって、本当?」
田中「原子力がいちばん安い。」
私「それって、どこまで計算に入ってるの?廃却費用とか、放射性廃棄物の処理とか。」
田中「それらをすべて計算に入れたうえで、原子力がいちばん安い。」
私「放射性廃棄物の最終処理の方法って解決されたの?」
田中(苦笑し)「それはまだ無い。それはだな、将来解決されるとして……。」
驚きだ。放射性廃棄物の最終処理の方法はまだ無いという。幸運に将来開発されたとして、その費用は現在不明。 それでどうしてコスト計算ができるのか。 原子力のコストについてはたびたび論じられているが、最近の雑誌東洋経済に良い記事がある (東洋経済2011年6月21日号「原発「安価」神話のウソ」) 。
原発・海江田大臣、「安いは間違い」(YouTube - 2011年7月21日 テレ朝news)
じっさい大震災以降、関東電力や全国の電力料金は毎月上がっている(じっさいは化石燃料価格の高騰により大震災前から)。 日本の場合、法律によって電力料金はそのコストをそのまま反映させるようにしているから、 原発が止まると、その代替は当面火力で、燃料のLNGや石炭の費用が嵩み、そのコストアップは消費者が負担するという仕組みになっている。
では、いまもし原発が動かせたなら、電気代は安くなるのだろうか? 原発の場合、そのコストに燃料が占める割合は低いから、トータルコストは下がると思われるかもしれない。 しかしさきに述べたように、日本のこれまでの原子力のコスト計算はまやかしで、見直されなければならない。 運転における安全リスク、核燃料自身の値段に加えて、使用済燃料の処理費用はどうなのか。 そのいろいろは東洋経済の記事も紹介したが、ここで例えば今回のフクシマのような事故の賠償費用について考えてみよう。
原発事故のリスクはこれまでのコスト計算にも含まれていた。 自動車と同じで、原発では賠償責任保険が法律により義務付けられている。 その保険料は原子力発電のコストとして電気料金に含まれている。 しかしこの保険、最高1,200億円。今回のフクシマの事故の場合とうてい足りない。 今後はその額を引き上げなければならないだろう。 ところで、その保険料率はフクシマの事故を契機に高くなることは確実だ。
21 Seo 2011 試算を改稿
今後仮に最高補償10兆円の保険に入るとしよう。その掛金はいくらが適当か?
日本の原発40年の歴史で1度起こっていると考えると 1/40 で年額2,500億円。
「千年に一度の大地震・津波」
(2011年3月16日経団連米倉会長談)
(東北学院大調査 2011年6月10日 時事)
(気になるメモメモφ(.. ) )。
を採るならば掛金は 10兆円の 1/1000 で年額100億円か。
賠償費用がいかほどにまで膨らむか分からない。今回の福島の事故についてではないが、福井県の大飯原発3号機が過酷事故を起こしたという想定で 2003年、朴勝俊(ぱく・すんじゅん)博士が被害額の試算を行った。平均で約103.7兆円、最大約457.8兆円となった (博士へのインタビュー:2011年6月5日「週刊しんぶん京都民報」)。
除染費用はさらに膨大になることが予想される。朴博士の試算にも除染費用は含まれておらず、研究もあまりない。 80兆円という数字が報道されたりもしているが (2011年9月15日 朝日新聞)、 除染の範囲をどこまでにするかということもあるし、具体的な方法も分からない現状なので、いまのところまともな試算ができる状態ではない。 しかし、ここへ来て私たちはその課題の膨大さを認識しはじめた。 上記の賠償保険の試算に用いた10兆円では足りず、その1桁ないしそれ以上を覚悟しなければならないだろう。
けっきょくのところ、これまで原子力発電のコストが低かったのは、安全神話と、もろもろのまやかしに依る。 いま全国の電気料金が上がっているのは原子力が火力に置き換えられたという理由ではなく、 フクシマ以前のまやかしの電力コストが、フクシマ以降には通用しなくなった、という理由によるものだ。
ここで話題を変えて、電気料金に含まれる新エネルギー推進費用について考えてみよう。 今年2011年4月分から「太陽光発電促進付加金」というものが電気料金に加算されている。 これは需要家の太陽光発電設備で余った電力を、電力会社が供給のおよそ2倍の価格で買い取る、2009年から始まった制度が根拠となっている。 各家庭、企業で太陽光発電が増えると、その買い取り費用は大きくなる。その費用は例によって消費者が負担するものが、この「太陽光発電促進付加金」だ (東京電力「太陽光発電の余剰電力買取制度について」) 。 管首相はこれを太陽光発電以外にも拡大する、再生可能エネルギー特別措置法案の成立を目指している。 脱原発を目指すならば、こういったコストは覚悟しなければならないのだろうか。 答えはノーだ。
まず、この施策は原発を動かそうと止めようと同じだということ。 管首相は昨年2010年に閣議決定したエネルギー基本計画を白紙で見直すとしたうえで、 今後わが国が採るべきエネルギー政策を (1)原子力、 (2)化石燃料、(3)再生可能エネルギー、(4)省エネルギー、の4本柱としている。すなわち原発も続けながら自然エネルギーの開発も追求するというものだ。
「私は、これまでのエネルギー政策が原子力と化石燃料という二本の柱であったのに加えて、再生可能エネルギーと省エネルギーを加えて四本の柱で推進していきたい、こういう考えであります。」 (みんなの党 小野次郎議員の質問に対する管直人首相の答弁 2011年6月3日第177回国会 予算委員会 第18号)
したがって、自然エネルギーの開発コスト負担は、今後原発を続けるのか、なくしていくのかには関わらない。
もっと言えば、太陽光発電推進のコストは原発推進のために必要だった……。
さきに名を挙げた田中博士。 今回のフクシマの事故で数々の原子力専門家がマスコミに登場する中、私は彼も登場するのではないかと思ったが、その顔を見ることは無かった。 最近なって、ふと図書館で見かけた調査報告書の巻頭に彼の顔があった。 資源エネルギー庁2006年8月総合資源エネルギー調査会電気事業分科会原子力部会報告書〜「原子力立国計画」〜 、彼はこの部会長をしていた。
この報告書に「新エネルギーの導入と課題」という一節がある(同報告書p14)。
CO2の排出削減には、太陽光発電や風力発電等新エネルギーの導入も非常に有効な手段であると考えられるが、現時点では供給安定性や経済性等の課題が存在している。 仮に、電気出力100万kW級の原子力発電所一基分を、太陽光発電に置き換えようとすると山手線の内側一杯の面積(約67km2)が必要であり、 風力発電では山手線の内側の3.5倍の面積(約246km2)が必要となる。 また、太陽光発電や風力発電のような自然エネルギーを利用したシステムは、天候等により出力が変動しやすくバックアップ電源等が不可欠であるという面もある。
(また次節で原子力を積極推進しなければCO2排出量の大幅な削減は見込めないとして) したがって、エネルギー政策は、「新エネルギーか原子力か」ではなく、「新エネルギーも。原子力も」という考え方で進めていくことが肝要 、と。
「チャレンジ!原子力ワールド」(前出)より |
ところで、右図は同報告書にもある電源別のCO2のグラフ。 よく見るとCO2削減にもっとも効果的なものは太陽光発電や風力発電ではなく、水力や地熱発電のほうが優れている。 たとえば未開発の包蔵水力は 1,904万kw、原発にすると20基分ほどという (資源エネルギー庁の水力のページ) 。この数字はダム不要のマイクロ水力発電など今後の技術によっても変わってくる。
けっきょくのところ、さきの「原子力立国計画」は、CO2削減に必ずしも優れていない太陽光や風力を当て馬に、 雨の日や風の無い日のために、原発は必要という論理なのだ。 その製造に大量の電力を消費し、変換効率も現状たかだか10%台前半の太陽光パネルを推し、 金持ちはこれを設置して電気代を節減し、そのコストアップは貧乏人に負担させる。 そのうえで「原発はやはり必要でしょう」というのが現在の政策なのだ。
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