イエスの言行を記した福音書にマリアと名のつく女性は何人も登場する。 さきに福音書中の聖母マリアとマグダラのマリアの登場シーンを見たが、 今回は4つの福音書からイエスに従った女性で名前が挙げられているところを纏めた。

表(クリックすると新しいウィンドウが開きます)

比較的はっきりしているのはイエスの母親マリアマグダラのマリアのみ。 ルカの「(マルタの姉妹)マリア」とヨハネの「ベタニアの)マリア」が同一人物とも限らないので、 いちおう全部を書き出してみる。

  1. イエスの母マリア
  2. マグダラのマリア
  3. (マルタの姉妹)マリア(ルカ)
  4. (ベタニアの)マリア(ヨハネ)
  5. 小ヤコブとヨセの母マリア(マルコ)
  6. ヨセの母マリア(マルコ)
  7. ヤコブの母マリア(マルコ)
  8. ヤコブとヨセフの母マリア(マタイ)
  9. ヤコブの母マリア(ルカ)
  10. クロパの妻マリア(ヨハネ)

少し纏めてみる

なんとマリアは10人。 この他にマリア以外の名で呼ばれている女性、 マルタ、ヨハナ、スサンナ、サロメなどがいる。 ルカの「(マルタの姉妹)マリア」とヨハネの「(ベタニアの)マリア」は同じとか、 減らしていくことはできる。 マリアを5人にするのは簡単である。 「ヨセ」と「ヨセフ」を共同訳では区別しているが、 版により、たとえば英語のKing James版などでは同じ名前 Joses である。 「小ヤコブ」と「ヤコブ」もあえて区別する必要はないだろう。

  1. イエスの母マリア
  2. マグダラのマリア
  3. ベタニアのマリア
  4. ヤコブとヨセの母マリア
  5. クロパの妻マリア

3人の「マリア」

さらに減らせば、マリアを最少3人とすることができる。まず「マグダラのマリア」と「ベタニアのマリア」、 さらにはルカ(7:36-50)に登場する「罪深い女」を同一人物としたのは 591年、時のローマ教皇グレゴリウス1世であった。 ただし1969年になってカトリック教会は、これを一部見直している(ウィキペディア)。

そして「ヤコブとヨセの母マリア」は「イエスの母親マリア」の異名である。なぜならば…

この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。… (マルコ6:3共同訳。マタイ13:5にも同様記事)

この人 とはイエスである。したがってヤコブとヨセの母は、イエスの母でもある。 これを踏まえて、イエスの磔刑に居合わせた人物を見てみよう。

マルコ Mark 15:40 マタイ Matthew 27:56 ヨハネ John 9:25
小ヤコブとヨセの母マリア ヤコブとヨセフの母マリア (イエスの)母(マリア)
マグダラのマリア マグダラのマリア マグダラのマリア
サロメ ゼベダイの子らの母 クロパの妻マリア
(イエスの母の姉妹)

ルカは省く。 版によってはヨハネに登場する「クロパの妻マリア」と「イエスの母の姉妹」を別人として、 十字架の下に4人が居たとするものがあるが、ここでは2人を同一として、3人とした。どちらでも大した問題ではない。

「ゼベダイの子らの母」の名前

ゼベダイの子らの母ならゼベダイの妻ではないのか? いや、ゼベダイと離別し、クロパに嫁いだのならば、 「ゼベタイの妻」と呼ばず「ゼベダイの子らの母」と呼ぶのも合点がいく。 しかし、名はサロメなのか、マリアなのか? 両方の名前で呼ばれていたかもしれない。 かくしてゼベダイの子らの母の名はマリア・サロメとなる。 イエスの母マリアとは姉妹であることもわかる。 ゼベダイの子はイエスの弟子ヤコブヨハネ(マルコ1:19など)であるが、 彼らはイエスとは従兄弟の間柄となる。 お見事!

マルコマタイも、それまでは「イエスの母」と呼んでいるのに、 ここだけ「(小)ヤコブとヨセ(フ)の母」と呼ぶのは、どうも不自然である。 「イエスの母」ならば、それをさしおいて マグダラのマリアを筆頭に挙げるのもおかしい。 それにカトリック教会は553年に聖母マリアは終生処女であったと教義付けたはずである。 ヤコブやヨセフはイエスの養父ヨセフの連れ子か、イエスの従兄弟でなければならない。 つまりヤコブとヨセの母は、イエスの母とは別人である。

マルコ Mark 15:40 マタイ Matthew 27:56 ヨハネ John 9:25


(イエスの)母(マリア)
マグダラのマリア マグダラのマリア マグダラのマリア
小ヤコブとヨセの母マリア ヤコブとヨセフの母マリア クロパの妻マリア
(イエスの母の姉妹)
サロメ ゼベダイの子らの母

ヤコブとヨセの母がイエスの母と実の姉妹か、義理の姉妹なのか、いずれにしてもおかしくない。 「ゼベダイの子らの母」の名前はサロメである。めでたし、めでたし。 しかし、 イエスの母マリアマルコマタイは、なぜ記さなかったのだろう?

消えた「ゼベダイの子らの母」

最初の表を横に見ていた。今度は縦に見てみよう。 マルコが磔刑に居合わせたとする3人のうちで、サロメは埋葬の様子は見ていない。 しかし翌々日の墓参りには3人揃って出掛けている(磔刑は金曜日で、復活は日曜日)。 マタイでも磔刑に居合わせた人物を3人挙げているが、そのうちゼベダイの子らの母は 埋葬の様子を見ておらず、墓参りにも参加していない。ゼベダイの子らの母はどこへ行ったのであろうか? 磔刑のあと、寝込んでしまったのかもしれないし、実際はその後も同行したが、重要人物ではなく、書き洩らされたのかもしれない。 そもそも磔刑の場にゼベダイの子らの母は居なかったかもしれない。 版によれば、「ヤコブとヨセフの母マリア、すなわちゼベダイの子らの母」と、同一人物として、 磔刑の場で名を挙げられるのは2人であるとするものもある。 「ゼベダイの子」とは「ヤコブとヨハネ」(マルコ1:19など)であるので、兄弟にヨセフもいたとしても、 「ヤコブとヨセフの母ゼベダイの子らの母」というのはおかしいが、 写本のどこかで間違えたかもしれない。

ゼベダイの子らの母マタイ20:20-28にも登場する。 並行記事である、マルコ10:35-45でゼベダイの子ら(ヤコブとヨハネ)がイエスの1番弟子、2番弟子のお墨付を得ようととして、イエスから叱責されている。 マタイではこれを、彼らの母親がイエスに願い出た。 これは弟子たちの高慢ではなく、親心の為せる業としてマタイが和らげたものであろう。 そもそもイエスに付き従った女性のうちにゼベダイの子らの母は居なかったのではないかとの私見を私は持っている。 なぜなら、他の女性はマリアだのサロメだのと、名が挙げられているのに、 彼女だけ「ゼベダイの子らの母」としてしか記されていないのは不自然である。 マタイにのみ登場するというのもやや疑わしい。

息子の死に目に会えたのか

もっと奇妙なのはヨハネである。 ヨハネによれば、イエスの母マリアは磔刑の場に居合わせたものの、 息子の墓参りにも行っていなければ、復活したイエスにも会っていない。 いずれもマグダラのマリアただひとりが活躍する。

ヨハネを除く3福音書(共観福音書)には、 イエスの母が宣教の旅のイエスを訪ねるが追い返されてしまうというエピソード (マルコ3:31-35, マタイ12:46-50, ルカ8:19-21) が記されており、 彼女はイエス宣教の旅には同行していないと思われる。 イエスがエルサレムの地で受難するとき、その母は故郷ナザレに住んでいたとすると、 息子の急を聞き付けても、とても間に合わない。

ルカの続編というべき使徒言行録では、 磔刑から40日ほど経ってイエスが天に上げられた後に、 イエスの母マリアはエルサレムの宿に使徒たちと共に居る(使1:14)

いっぽう、ヨハネによる福音書で イエスの母はカナでの婚礼の後、 イエスと行動を共にすることになっている(ヨハネ2:12)のは、 その辻褄合わせではないかと疑ってもみたくなる。

同じ出来事を4人の記者が記録したと考えて、併存する福音書を纏めようとする試みは失敗する。 ヨハネを採用せず、これを除く共観福音書だけなら、まだ可能である。 イエスの受難に立ち会えた女性はマグダラのマリア、 ヤコブとヨセの母マリア、他にサロメ、ヨハナなど、 いずれもガリラヤからイエスに従って来た婦人たちである。

消えたサロメ

3つの共観福音書の関係を言えば、最初にマルコが書かれ、マタイルカがその増補改訂版にあたる。 そのことを考えると、マルコに登場するサロメが、マタイルカで無視されていることが不思議である。 20世紀になって発見された新約外典『トマスによる福音書』にもサロメは登場し、イエスと親しく問答するなど、マグダラのマリアと並び、無視し得ない女性と見える。 サロメの場合は消えたのではなく、マタイルカにおいて消されたのである。

親子の対面

たぶんそれまでにあった様々な伝承を、それぞれの福音書はそれぞれの目的、意図によって編集、執筆されている。 なかでもヨハネによる福音書の 神秘的な香りは、その象徴的な意味を読まなければならないと感じられる。 たとえば磔刑の場面はこうである

イエスの十字架のそばには、母とその姉妹、クロパの妻マリアとマグダラのマリアが立っていた。 イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て。 母に「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。 それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」 そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。 (ヨハネ19:25-27)

引用第1行は、十字架のそばには女性たちしか居なかったようにも読める。 他の共観福音書でも、男の弟子たちは、みんな逃げてしまったのであった。 ヨハネにしか登場しない 愛する弟子は、 これもヨハネでしか十字架の下には登場しない イエスの母と、親子として引き合わされ、 その後見を引き受ける。

「愛する弟子」とは

「ヨハネによる福音書」として知られている福音書には イエスの「愛する弟子」がしばしば登場し、 この書もこの弟子が書いたとあるが (ヨハネ21:24)、彼は匿名である。 使徒ヨハネにこれを当てはめるのは、我々の想像にすぎない。 私見によれば、彼はイエスの弟子たちを表す抽象的な存在であって、彼を特定の人物に当てはめるのは、あまり意味がないと思う。

ところで、 他の共観福音書ではイエスの親族がこの場に立ち会ったという証拠はないが、 ヨハネ19:25 で十字架の下に居る3人のうち、2人はイエスの親族である。 ヨハネはここに親族を置きたかったのかもしれない。 とすると、ヨハネ19:26-27 は残る一人、 マグダラのマリアを親族に加える儀式かもしれない。 その後にマグダラのマリアが親族代表として独り活躍するのも頷ける。 つまり、ここでの愛する弟子マグダラのマリアかもしれない。

あるいは、十字架の下に現れたイエスの母も、 同様にイエスの教えを抽象するものと考えれば、十字架下の親子の対面は、 イエスの教えを弟子たちが守り引き継ぐことを願ったものと考えることもできる。

20 Mar 2006 (初出:8 Mar 2006)