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「原子力は夢のエネルギー」

原発設計の余裕

24 Jul 2011

「原子力は夢のエネルギー」
そう、そしてそれは悪夢だった……。

耐震性評価で入力ミス

九州電力玄海原発3号機(佐賀県玄海町)で、耐震設計審査指針の改定に伴う耐震安全性評価の解析データに入力ミスがあったことが7月22日、分かった (時事通信 2011年7月22日)

原発の耐震設計基準は 2006年に改訂されている。 そのときに既存の原発の耐震安全性の再評価が求められ、九州電力は 2008-2009年にかけて報告書を出した。 この解析データに入力ミスがあったことが、2年経っていま発見された。 この2006年の耐震設計基準改訂にともなう再評価あたっては、中部電力の浜岡原発1号機と2号機はそれをクリアできないとして廃炉に追い込まれた。 その他の原発は対策を施したうえで報告書を出し、OKということになっていた。 そこに九州電力のこの事態が露見し、すべて見直しをしなければならなくなった。 まさにストレステストを予定していたこの折に。

3カ所あったミスのうちの1つは、原子炉建屋上部にある「復水タンク」の屋根の重さを、本来は2600トンなのに「260トン」としたそうだ (毎日新聞 2011年7月22日)。 驚きなのは、それでも ミス発覚後、正しい値で再度解析しても「誤入力前との変動幅は1%前後で、耐震安全性に影響はない」(九電技術本部)と結論付けた(毎日新聞 同上記事) こと。

計算プログラムにミス

よく似た話が3年前にもあった。 2008年、地震時に配管にかかる応力を計算するプログラムにミスがあったことが分かり、全国17基の原発と核施設で再計算が指示された。 過小評価のもっとも大きかったのは高速増殖炉「もんじゅ」で 1.66倍。いずれも安全上問題ないとされる許容値を下回り、各事業者は「問題ない」としている (ブログへの転載。ソースは 2008年4月10日 毎日新聞社)

この話、少しおかしくないか? 1.66倍、それでも問題ないくらい余裕のある設計がされていたということだろうか。

設計基準を越える揺れは5年で3回

ところで 2006年に改訂された耐震設計基準、その翌年2007年に起きた新潟県中越沖地震で東京電力柏崎刈羽原発で、これを越える揺れが観測され、故障箇所は3,000に及んだという。 さらにその翌々年2009年に駿河湾沖地震のさい中部電力浜岡原発で、また今年2011年の東日本大震災では東京電力福島第1、東北電力女川原発などで基準を越える揺れを観測している。 改訂直後からその基準は3連続で簡単に乗り越えられている。 柏崎刈羽では3基がまだ再起不能、福島第1では今のような現状だが、その他の原発では故障があったものの、大事には至っていない。

福島第1原発は基準に越える揺れに耐えたか

福島第1原発では1号機-3号機で、燃料棒の崩壊熱を除去すべきすべての冷却系が現在壊れている。 これは地震により壊れたものか、その後の津波、あるいは水素爆発で壊れたものかは分からない。 装置に近づけないので詳細には調べようがない。 そこでどうするかというと、観測された地震動からシミュレーションにより装置がどうなるかを調べた。 結果、どの重要装置も計算上は地震動では壊れなかったはずと結論する (2011年6月17日、東京電力「福島第一原子力発電所における東北地方太平洋沖地震の観測記録を用いた地震応答解析結果に関する報告書等の経済産業省原子力安全・保安院への提出について」)。 不十分な設計基準にもかかわらず、余裕を持った設計がこれを救ったのだろうか。

基準の余裕と設計の余裕

一般的に物を設計するとき、余裕をどこに作るかというと、基準そのものに持たせる余裕と、その基準に対して設計で加える余裕とがある。 余裕を持った基準というのは、多くの場合、そのストレスの計測の精度だ。あるいは設定の根拠の不確かさの場合もある。

これに対し設計ではどうするか。 100で壊れてはいけないが、それを少しでも越えれば壊れても良い。 むしろ100を越えたとたんに壊れるのが優れた設計だ。 しかしそうはうまくいかない。たとえば素材にバラツキがあったとすると困るので、その分高い目を狙う。これが設計の余裕。

基準と設計、いずれも余裕とは、不明な部分だ。 コスト面から言うと余裕は少ないほど望ましいのだが、この不明な部分があるために余裕が必要となる。

基準と設計の余裕の関係について、津波対策として堤防を作ることに例えてみよう。 シミュレーションで津波の最大高として8mと計算されたとする。 しかしそのシミュレーションの精度に問題があるとして10mを基準とする。この2mが基準の余裕。 10mの基準に対し、10mの高さの堤防を作っても、地盤が沈下するかもしれない。 沈下したとしても2m沈むことはないだろうということなら、12mで堤防を設計する。これが設計の余裕。 さて、ここで問題。じっさいに11mの津波が来たとき、この堤防は持ちこたえるのだろうか?

12mで作られた堤防に11mの津波が来たとき、持ちこたえるのか……。
「分からない」と、言うのがこの場合の答えになる。
地盤の沈下が1m以内ならば、持ちこたえるだろう。しかしどこかで2m沈下していたら、津波はこの堤防を越える。 設計の余裕とはそういうものだ。

では、どのくらい余裕を持つのが一般的だろうか? それは物によって大きく異なる。 私は構造物やプロセスの設計をしたことはないので、聞きかじった話であることを断っておく。

「安全率」とは?

機械系において強度計算というのは確立されており、非常に正確だ。 しかし素材のバラツキや加工の問題、 また最大の問題は各部品の接合部にある。 ボルト締め、溶接、いずれにしても施工時の出来不出来が大きく左右する。 とりわけ配管が多いプロセス物では接合部も多く、問題は大きい。 突貫工事とはいえ福島第1原発の汚染水処理装置で頻繁に起こるトラブルの多くが配管の接合部で起きていることを見てもそれは分かる。 試験でチェックできれば良いのだが、大規模な構造物の場合、それを全体で評価することは難しい。 また、経年劣化。 これは補修点検によりどれだけカバーできるのかが問題となる。

そういう施工の問題は設計ではコントロールできない。 施工マニュアルや施行後のチェックなどでどれだけカバーできるかだが、けっきょくは不明な部分が残る。 そこで登場するのが「安全率」ということになる。 たとえば100の基準に対し、それに数%の余裕を持たせるのではない。数倍の余裕を持たせるのだ。 いや、十倍を越えるかもしれない (たとえば「安全率の目安」を見よ)。 すなわち計算はしっかりできるのだけれども、それが実際はどうなのか、その不明な部分は数倍、あるいはそれ以上のレベルなのだ。

ここでたとえば基準のストレスが1で、安全率10倍で設計したものがあったとする。ここに想定以上、1.5倍のストレスが掛かったとしよう。 この場合、壊れるのか壊れないのか? 「10倍で設計されているのだから、1.5倍は余裕」というわけにはいかない。
この場合、「確率的には保つことが多い。しかし壊れても不思議ではない。」というのが正解。

(もともとストレス1に対しての10倍が絶対安全かという問題は横に置いておく。 東京の地下鉄の駅でエレベータを吊るワイヤーロープが切れる事故が起こった。こういうところでは安全率を10倍程度取られるのが普通だが、それでも破断は起きている。 2011年7月29日 国土交通省)

設計の余裕に期待するより耐震基準

2006年に改訂された耐震設計基準は、その直後から3連続で乗り越えられているにも関わらず、いまだ再改訂されていない。 ようやく、原子力安全委員会は 2011年6月22日、「安全設計審査指針」と「耐震設計審査指針」の見直しに着手した。 じっさいその3回とも原発は壊れている。 不明な福島第1原発を除き、他には大事に至る故障はなかったということだが、それは設計に余裕があったからではない。 たまたま運が良かったというだけに過ぎない。 基準とか、設計の余裕とかはそういうものだ。

千年に一度というものではなく、この5年で3回あった地震のレベルで、いま全国の原発はどう壊れてもおかしくないという状況なのだ。 新たな基準で見直されるのは当然として、これまで3回経験した地震動の記録から、仮の値くらい出せるのではないか。 それがいますぐできないのは、止めなきゃいけない原発が続出するかもしれないので根回しが必要なのだろう、と思われても仕方ない。 計算がどれだけ信頼できるかはともかく、基準を越えるストレスが加わったときにどうなるかを見積もるストレス・テストなるものは、これまでやられてこなかったことのほうが私には驚きだ。

ブログ『etc』(原発・ストレステスト)でストレス・テストのイメージを家電製品に例えて説明していた。
「例えば通電使用中に上から水をぶっかける。 普通は壊れるがそれは当たり前で問題ない。 その後に発火発熱から火事や黒煙など有害物質がでたりしないかを確認するのだ。」
家電製品などでこういったテストは常識だが、建造物などではどうしているのだろう? 計算上でやるストレス・テストは私にはイメージしにくい。(26 Jul 2011 この項追記)

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